宮根誠司の隠し子騒動の詳細!過去の結婚・離婚・不倫を総まとめ!

『情報ライブ ミヤネ屋』によってその名が全国区となり、今や男性フリーアナウンサーの代表格となった宮根誠司さん。しかし、そんな宮根誠司さんにとって隠しておきたかった出来事が公になってしまいました…。

ネットでもすでに話題になっている”隠し子”の騒動について深く掘り下げていきたいと思います。同時に過去の結婚や離婚、宮根誠司さんの性格なども徹底調査します。

宮根誠司のプロフィール

生年月日:1963年4月27日(54歳)

出身地:島根県大田市

身長、体重:173cm、60㎏

血液型:B型

最終学歴:関西大学経済学部

前職:元朝日放送アナウンサー

配偶者:あり

事務所:株式会社テイクオフ

これまでの主な経歴

【学生時代】

地元大田市の小中学校を卒業して島根県立大田高等学校へ進学。小さい頃から成績は優秀で周りからは”島根の神童”と呼ばれていたそうです。高校を卒業後、1年間の浪人生活を経て関西大学経済学部に入学した。

就職活動中に立ち寄った就職課で大阪・朝日放送の募集掲示を見て、見学程度の気持ちで応募。面接官の「どんな仕事がしたいか」と言う質問にも「なんでも良いです」と返答したほど将来が見えていなかったという。

【朝日放送時代】

そんなユニークさがうけたのか面接でのトークが成功し、採用に至った。しかし、軽い気持ちで入社したため新人時代はアナウンサーとしての基礎知識がなくなかなか担当番組がもらえずニュース読みを続けたという。

朝日放送の朝の情報番組『お早う朝日です』に代打でで出演。これが大きな転機となった。持ち前の”トーク力”が認められて1989年からレギュラーリポーターとして出演することになった。

1990年4月から岡元昇さんとのダブル司会に抜擢されるなど徐々に頭角を現し始め、ついには1994年4月から単独でのメイン司会を任されることになる。一躍、関西の人気アナウンサーとなった。

しかし、局アナウンサーはどれだけ人気が出ようが、どれだけ多くの仕事をこなそうが給料はあまり変らないのが現状。それに違和感を覚えた宮根さんはフリー転身を決意する。

【フリーアナウンサー時代】

2004年3月朝日放送を退社。翌月にはバーニング系列の芸能事務所フロム・ファーストプロダクションに所属。フリーとして活動を開始する。2010年4月宮根さんはフロムファスト時代の担当マネージャーとともに宮根の個人事務所テイクオフを設立。

宮根誠司さんのフリー転身は見事成功し、2005年4月からMBS『っちゅ〜ねん!』、さらに同年11月からは読売テレビ『激テレ★金曜日』でMCを務めるなど名実ともに関西ナンバー1の人気アナウンサーとなった。

2006年7月から宮根誠司さんの名前をもじった番組、『情報ライブ ミヤネ屋』が読売テレビが開始。その後、全国放送に切り替わり”宮根誠司”の名前は日本中へ知れ渡った。

モデル女性と1回目の結婚&離婚&2股

1993年にグラフィックデザイナーとして世界中で活躍している黒田征太郎の娘(元モデル)と結婚しています。2人の子供さんがいましたが、離婚時にモデル女性の方が引き取っており、当時はあまり報道などもされていなかった。

しかし、2004年に離婚。原因は現在の妻(まゆみさん)との不倫関係だったのではと言われています。同年に16歳年下でホステス勤務のA子さんと親密な交際に発展。この時点で現在の妻(まゆみさん)とも交際中だったらしいので、2股に近い状態にあったと思われます。

現在の妻・まゆみさんと再婚&不倫相手が妊娠

2006年には以前から不倫関係にあった「まゆみさん」と再婚。しかし、宮根誠司さんはホステス勤務のA子さんに結婚の事実を隠したかったのか、この時点では結婚を公表していません。

2007年に不倫関係だったホステス勤務のA子さんの妊娠が発覚。宮根誠司さんはこれを認知し、不倫相手は翌2008年に赤ちゃんを出産。現在の妻(まゆみさん)は不倫の一連を聴許。

2011年には宮根誠司さんと現在の妻(まゆみさん)との間に子供ができ、事態は収束するかと思われたが、翌2012年に『女性セブン』によって隠し子の存在を報じられた。

宮根誠司さんは自らの帯番組『情報ライブミヤネ屋』で謝罪。自身が、報道番組のメインキャスターを務めているだけに、他局からの総攻撃があるかとも思われたが、後追い報道はほとんどなかった。

当時の文春記者は後追い報道がなかった背景について「宮根の事務所の後ろ盾にはマスコミに睨みがきく芸能界のドンがいる」と語っている。

文春による再スクープ

2017年に今度は文春による”隠し子”報道があり、世間は騒然となっている。今回のスクープには大きな特徴がある。一連の事実関係は変わらないのだが、相手女性(ホステス勤務のA子さん)による証言が記事になっているのだ。

【ホステス勤務のA子さんの胸の内】

(女性セブンの)記事を読んで衝撃を受けました。私のことは、既婚者と知って付き合っている愛人のように書かれていた。本当は彼に騙されていただけなのに」と語っている。

【文春記事の詳細】

■2人の出会い

宮根誠司さんは1993年、モデルだった女性と結婚。2人の子供を授かるが、20004年に離婚。2006年8月に前妻と結婚中に交際が始まっていた現在の妻(まゆみさん)と再婚する。Aさんとは2004年6月に大阪・北新地のクラブで知り合っていたが、A子さんとの関係は続行。

■ホステス勤務のA子さんの妊娠が発覚

2007年6月に不倫相手であるA子さんの妊娠が発覚するのだが、この時初めて宮根誠司さんから再婚している事実を知らされたという。宮根誠司さんからは大量の謝罪メールが届いたがA子さんは当時の手帳に「ショック、呆れた」「酷い言葉が帰ってきた」と記していたという。A子さんは翌2008年2月に宮根さんとの子(女児)を出産。

【A子さんへ送った謝罪のメール】

出典:文春

■A子さんの両親に謝罪

2007年の秋頃、宮根誠司さんとA子さんはA子さんの実家を訪れ、宮根誠司さんは両親に土下座して謝罪したこともA子さんは明かしている。

■宮根さんと妻でA子さんの実家へ

2009年、A子さんの娘が1歳になった際に宮根誠司さんは妻とともにA子さんに黙って四国に住むA子さんの父親を訪ねた宮根誠司さんの妻がA子さんの父親に対して「こんなことになって、どうしてくれるんだ」と詰問口調で責め立てたのだという。

■「女性セブン」の記事に失望

2012年に「女性セブン」によって報じられた隠し子報道ですが、それを見たA子さんは愕然としたという。その記事には宮根誠司さんが「娘(A子さんの娘)が成人したら、酒を酌み交わしたい」と良い話のように書かれていたからだ。

■宮根さんの身勝手な言動に憤慨

宮根誠司さんの身勝手極まりない言動にA子さんも限界を迎えていた。文春のインタビューでは

私はこの10年間、彼がついた嘘で愛人呼ばわりされ、冷たい目で見られてきた。それでも彼やその家族の迷惑になると我慢してきた。ただ最近、ある事実を知って彼のことをどうしても許せなくなったのです」

出典:文春

このように宮根誠司さんによって壊された、壮絶な人生であったことを激白している。A子さんの言う”ある事実”とは、宮根さんと妻がA子さんの家へ行き、父親を詰問したことでしょう。

何故なら、2007年の秋頃に宮根さんとA子さんがA子さんの実家を訪れ、宮根誠司さんが両親に「一生かけて償います」と土下座して謝罪した時、A子さんの父親は責め立てる訳でもなく、むしろ「がんばれ!」と言ったそうです。にもかかわらず、宮根さんの妻はA子さんの父親に対して詰問したことでついにA子さんの堪忍袋の緒も切れたと考えられます。